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裁判経過

控訴趣意書
平成16年(う)第577号 大麻取締法違反幇助被告事件
被告人 前田耕一
控訴趣意書
2004年(平成16年) 5月17日
大阪高等裁判所 第13刑事部
               御中
               被告人 前田耕一 弁護人
               弁護士  森川 真好

  つぎのとおり、控訴の趣意を述べる。

1.(はじめに)
  原判決は、つぎの点において理由不備・理由齟齬があり、結果としてその判断を誤っているので、破棄を免れない。
  @(大麻の有害性、大麻取締法の合憲性)
    大麻には当初予見したほどの有害性のないこと、したがって、大麻取締法は、立法当初・「累次の判例」の時点での立法事実(法律の合憲性を支える事実)を失っており、もはや違憲と判断されなければならない時期に至っていることを原判決が見過ごしている。
  A(大麻使用の正当性―正当行為[刑法第35条]の適用)
    原判決は、たとえ大麻が「法禁物」であっても、一定の場合には使用できる場合もあることを暗黙の前提として、中島が本件直前に医師の診断を受けていないことを理由として正当性を欠くとしているところ、中島は、本件以前に2回に渡って医師の診断を受けており、しかも、緑内障と言う病気が進行することがあっても自然治癒する病ではないことからして、直前における医師の診断がなくても中島が大麻による治療を必要とする状態にあったことは明白である点を見過ごしている。

  以上のとおり、原判決は破棄されるべきものであるところ、被告人提出の各資料によれば、大麻の医療的な利用を禁止すべき理由は全くないものと言うべきだから、当審においては、すみやかに、大麻取締法の法令あるいは適用違憲、または、刑法上の正当行為を理由として被告人の無罪の判決を行うことが妥当である。
  以下、詳細を論ずる。

2.(原判決の違法―大麻取締法の違憲性)
  原判決には、次に述べる理由不備、理由齟齬の違法がある。
 (1) 大麻に有害性があるとする認識は、すくなくとも医療使用に限っては、誤っている。また、その点を判断した判例、裁判例はない。
(判例、裁判例のないこと)
  大麻の有害性について、原判決は、「大麻の有害性および大麻取締法の合憲性については、累次の判例により明らかである」とするが、そもそもこれまで、もっぱら医療目的での使用について争われた裁判はないのであって、その意味で、本件に先立つ裁判例・判例は存在しない。
原判決が、大麻の有害性と大麻取締法の合憲性について判断した「累次の判例」と呼ぶのは、大麻の有害性をもってして大麻取締法を合憲であるとした最高裁第一小法廷昭和60年9月10日決定(裁判集240巻275頁、判例時報1165号183頁)をその最終結論とする最高裁判所、下級審裁判所等の判決群を指すのであろうが、これら判例、裁判例は、いずれも、大麻の使用一般、特に、嗜好品としての大麻の使用について判断したものに過ぎず、大麻の医療使用を目的とする今回のような事件の先例とすることは適当ではない。なぜなら、大麻を医療用に使用する点については、医薬品がある程度の副作用を認識しつつもその薬効に着目して使用を認めることがある点において、通常の使用、特に、嗜好品としての使用が、全く有害性のないものについてのみその使用の事由を認める傾向にあることと著しく異なるからである。
  その意味では、大麻の医療としての使用については、これまで全審級において判断されたことがないものであり、今回、新たな基準から判断がなされなければならないものなのである。

(有害性のないこと)
そこで、大麻の有害性について考えるに、大麻の有害性は、既に述べたところからも想像されるように、一般的な「使用」、特に、嗜好品としての「使用」における有害性とは、その判断の基準を異にすべきものである。
医薬品に副作用が伴うことは当然のことであって、その副作用にもかかわらずある種の薬効が認められ、その薬効が症状緩和、病気治癒に役立つか否かを判断すべきものだからである。その意味では、すべからく医薬品は使用方法によっては有害であるのは公知の事実であるといってもよい。
その点からみると、大麻には、特に高い薬効が認められる反面、本件で問題となった緑内障について、その眼圧を低下させて失明を防ぐ効果において、また、末期ガン・多発性硬化症などの痛みを伴う治癒困難な病気における痛みの緩和において、劇的な効果をもたらすのであって、しかも、その効果に比して、習慣性はタバコより低く、また、精神的な依存度も低いのであって、これらの病状に限定したとしても、その医療的な意味での副作用(有害性)を超える薬効が示されている。

(有害性の審理方法)
このように大麻は、本件で問題となった病状に限っても十分に有益であることは明らかであり、より広い範囲の病状に有益な薬効が認められるものであるが、この有益性(有害性)について、これを法廷において審理せずに、もっぱら裁判官の推測のままに判断させて良いというわけではない。
この審理方法の点につき、最高裁判例昭和60年(あ)第735号は、「有害性はいわゆる『立法事実』に属するから『判決事実』とは異なり、必ずしも訴訟手続における立証を要しない」とし、有害性の具体的な立証がなくても、裁判所は、推測における有害性をもって大麻を有害と認定できるかのような判断をしている。
しかし、当裁判においては、累次の判例とは異なり、医療的観点からみて、施用・受施用を刑罰でもって禁止するにふさわしい有害性があるかどうか検討されなければならないものといわなければならない。
大麻の医療用途の可能性についてはこの10年あまりに認識されたもので比較的新しいので、これまでは十分な検討がなされているとは言い難い。
九州大学大学院薬学研究院助教授山本経之氏は、日本薬学会会誌「ファルマシア2001年12月号」で「1988年、このカンナビノイドに関し驚嘆すべき知見が報告された。すなわち脳内にTHCの特異的な受容体(CB1受容体)の存在が明らかにされた。(中略)内因性カンナビノイドシステムに作用する薬物の創製は、既存の医薬品とは異なる作用プロフィールを持った新薬となる可能性がある。」と書いている。
また、IOM(アメリカ政府保険社会福祉省国立衛生研究所医薬研究所)の報告にも、「80年代から90年代にかけてカンナビノイド受容体の同定、解析が行われて以降、状況が大きく変わった。最近16年間の大きな科学的進歩により、カンナビノイドの医療面での有益性がさらに明らかとなった。」とし、「大麻を医療使用観点からみた場合、人体への有害作用は薬物乱用による有害作用とは必ずしも同等とはいえない。」「短期間の免疫抑制作用は完全には立証されていないが、仮にそういった作用があったとしても、合法的に医療使用できる薬物から大麻を除外するのに十分な理由にはならないであろう。」としており、大麻の薬効については、近年劇的に進展しており、本件裁判にあっては、このような医学的な新しい発見・進展を判決に反映させるべきである。

(2) 大麻の医療目的での使用は、諸外国において、すでに実用段階にある。
原判決は「所論の医療目的での大麻使用についても、関係証拠によれば、外国でそのような研究が始まっているというに過ぎない(それらの研究も、大麻の有害性を前提とするものである)のであるから、医療目的での大麻使用を認めるべきかどうかは、大麻の有害性等をも考慮した上での立法裁量にゆだねられているというべきであって、これを認めない大麻取締法が違憲であるということはできない。」とするが、外国では研究段階からすでに実用段階にすすんできており、カナダ、オランダなど、医療的に効果があると認め、実質的に合法化している政府すらあるものである。
これらの例から見ると、大麻の使用は、単に研究段階とはいえないし、アメリカでもいくつかの州で合法化されているのであるから、裁判所の判断は事実誤認である。イギリスでは政府の認可を受けた製薬会社が、大麻から製造された医薬品の臨床試験を行っており、近くバイエル社を通して販売する予定であるので、判決のいうように「そのような研究が始まっているというに過ぎない」とは言えない。医療効果についても、国連などが特定の疾病に効果があることをはっきりと認めている。

(3) これらからみると、大麻の医療目的使用は、その前提とする大麻取締法の立法当初にその立法を基礎付ける事実(立法事実)を失っており、大麻の医療目的使用に限っても、日本においても許されなければならない段階にある。
医療目的での大麻使用を我が国が認めるべきかどうかは、我が国において独自に臨床試験等を経た医学的事実にもとづいて立法が裁量すべきであるが、現行の大麻取締法は、その医学的事実を研究することすら不可能ならしめており、国民の健康と幸福を保障した憲法に違反している。医薬品としての大麻研究の第一人者である先の山本助教授は、「医療の一端を担う研究者として、諸外国での成り行きをじっと息を潜めて見つめるのではなく、我が国としてもせめて臨床試験が試みられるよう、柔軟かつ積極的な法的運用の整備がなされることを期待せずにはおれない。」と述べている。

また、国連は1997年、「薬物乱用プログラム・レポート」で次のように述べている。「カンナビノイドの医療使用:いくつかの研究によれば、カンナビノイドが癌やエイズのような進行した疾患の悪心や吐き気に治療的効果があることが判明している。アメリカでは10年以上も前からドロナビノール(合成THC)が医師の処方で入手可能である。カンナビノイドのその他の医療使用についても、喘息、緑内障、向鬱、食欲刺激、鎮痙などを含め、管理された研究により実証されつつあり、この分野における調査は継続されるべきである。
例えば、胃腸機能のカンナビノイドの効果の中枢および末梢におけるメカニズムのより基礎的な研究がなされれば、悪心と嘔吐を軽減する能力をさらに高めることになるかもしれない。より良い医薬品が発見されるため、THCとその他のカンナビノイドに関するより多くの基礎的神経薬理学的研究が必要とされている。」

また、平成15年4月30日の文部科学省・厚生労働省「全国治験活性
化3カ年計画」は次のように述べている。
「 我が国における治験の空洞化は、つぎのような問題を生じている。
(1) 患者にとって、国内での治験が遅れる又は行われないことにより、最先端の医薬品等へのアクセスが遅れること
(2) 医療機関や医師等にとっても、最先端の医薬品等へのアクセスが遅れることにより、技術水準のレベルアップが遅れること
(3) 製薬産業等にとっては、国内での研究開発力が低下し、さらに治験に係る新しい事業(治験施設支援機関(SMO)や開発業務受託機関(CRO)等)の振興やそれに伴う雇用の創出といった面でマイナスであること
以上、我が国の保健医療水準や産業の国際競争力に対してマイナスの影響が大きいものと考えられる」。
かかる点から見ても、医療目的の臨床試験すら禁止し、医薬品としての研究を阻害している大麻取締法は、国民の健康と幸福を保障した憲法に違反している。
国はこれまで医療用大麻使用の有害性を立証していないのであるから、「有害性等をも考慮した」上での立法裁量にゆだねられているとして、医療使用に関する裁判所の判断を放棄するのは、司法権の独立性を放棄することであり、三権分立を基礎としたわが国の民主主義の否定に通じるものであり到底容認できるものではない。裁判所は、先進諸国のなかで日本だけが臨床試験を法的に禁止しているという特殊な事情を踏まえ、国に医療用大麻の使用を禁止している理由を明らかにさせるべきである。

3.(原判決の違法―医療使用が正当行為であること)
(1) 上記主張の大麻取締法の違憲性の議論とは別個に、そもそも、大麻を医療的に使用することについては、ある条件下ではあるが、刑法上の正当行為として認めるべきである。
このように日本における大麻の医療的な使用についての規制が病気治療を妨げている以上、やむを得ず行う大麻による病気治療が、まさに、司法的判断においては許されなければならない。司法の役割は、法律の一般的な規制が合理性を欠く場合に、個々の具体的な事案を通じて、各個人の権利(大麻を医療のために使用して健康を獲得する権利)を保障するためにあるからである。
判決は、「上記のとおり医療目的での大麻使用は研究段階にある以上、人体への施用が正当化される場合がありうるとしても、それは、大麻が法禁物であり、一般的な医薬品としては認められていないという前提で、なおその施用を正当化するような特別の事情があるときに限られると解される。しかし、本件では、本件譲渡の前後に中島の症状について医師による診断はなされておらず、したがって本件大麻を使用する医学的な必要性や相当性を裏付ける事情はなく、本件大麻が医学的な配慮の下に施用された形跡もないのであって、中島の本件大麻譲受けが正当化され、あるいはその処罰が適用違憲となるような事情はうかがわれない」とする。

しかし、中島が本件譲渡の前後に医師による診断を受けていないのは、中島が証言するように、担当医から「視野狭窄が起ったら、来なさい」といわれていたからであって、中島が緑内障ではなかったということではない。むしろすでに2人の別個の医師から、「緑内障」であることの診断は受けていたのである。これからみると、中島には、「緑内障」の治療が必要だったのである。
大麻が緑内障に一定の効果があることは、今日では周知の事実であり、中島もその事実を知っていたのであって、判決のいうように「医学的な必要性や相当性を裏付ける事情はなく、本件大麻が医学的な配慮の下に施用された形跡もない」ということでは全くない。
なお、裁判所は、自ら述べた「人体への施用が正当化されるような特別な事情」について、実は、具体的な判断を明らかにしていないが、あえて推測すれば、その事情は、つぎのようになるであろう。

先のIOM報告では、「消耗性の症状(難治性疼痛や嘔吐など)を持つ患者に対する大麻タバコの使用(6ヶ月未満)は以下の条件を満たすこと」として、
@ 症状緩和のための承認された治療法が無効であること、A 大麻により症状が十分に緩和できることが期待されること、B その治療法の有効性を検証できる監督機関により治療手順が管理されていること、C 緊急の大麻提供の管理が整っていること等としている。
これらの要件は(第Bの要件を除いて)、本件における被告人の行為については、全て当てはまるものである。第Bの要件は、まさに大麻取締法が大麻の使用を全面的に禁止していることから遵守したくても出来ないのである。
ところが、人体への施用がどのような事情があれば正当化されるのかを裁判所は立論上明らかにする義務があるにもかかわらずそれをしていないので、被告人としては、弁明のしようがない。今回の裁判は不十分であると言わざるをえない。

(2) なお、量刑について、一言する。
被告人は大麻が緑内障を始めとする病気に効果があることを知っており、本件も病気で苦しむ人を助けようとしたものであり、医療目的で譲渡を助けたことが事柄の真実であり、その動機において道徳的にやむを得ない事情があるから、仮に現行法に違反するとしても、正犯である中島の刑が懲役10ヶ月であることを考えれば、医療目的での従犯である被告人の情状を酌量することなく懲役8ヶ月というのは量刑が不当に重い。
この点は、必要的共犯である桂川氏の裁判においては、認められた情状でありながら、なぜか本件被告人については論及されていない。
以上

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